1902年、ロシアの南下政策を恐れたイギリス・日本が日英同盟を結びました。
「ロ(0)シアに(2)対抗、日英同盟」(1902)
露土戦争で敗れたロシアは、どんどん東へ進出し、1900年の義和団事件を治める動きに乗じて、満州を併合しようとしたわけです。
日本はロシアの南下を恐れますし、イギリスも一番大事にしている植民地のインドに近づくロシアを恐れるわけです。
当時、イギリスはアフリカ(ボーア戦争)で手に追われていて、アジアへ目を向けられませんでした。
そこで、イギリスは「アジアのことは日本に任せた!」という形で日英同盟が結ばれたのです。
19世紀後半のイギリスはずっと、「光栄ある孤立」を貫いていましたが、日英同盟をきっかけに、「光栄ある孤立」が崩れたのです。
「ロ(0)シアに(2)対抗、日英同盟」(1902)
以上、日英同盟の結ばれた年号のゴロ合わせでした!